はやくインゲンになりたい

ブログのようなもの

突発掌編『明日、天気は』

 

「さあ、どっち?」

昼時の喧騒の中、前の席から不意に問いかけられた。

何を言っているのか分からない。その突き出した両手は何だ。選べってことか。いや、何について何を選択すればいいのか分からないので迂闊に踏み込めない。アレか。もしかして棄てられるなら海か山かみたいなそういう危ない──

─ぺしっ。

「いたっ」

頬を叩かれた。優しかったので実際痛くはないが、拳を握ったまま人の頬を叩く、つまり殴るのはどうなのだろう。

「早く答えないからだーい」

舌を出して膨れっ面の彼女は言う。

「うるさいな、今理想の死に様について考えてたんだよ」

なにそれ?と首を傾げる彼女を尻目に、作ってきた弁当を取り出す。こいつの奇行にいちいち付き合ってたら貴重な昼休みが終わってしまう。さっさと片付けて昼寝を決め込むに限るだろう。

「ちょっと待ってよ!だから、どっち?」

懲りずに両手を突き出してくる。そんなに顔に近付けないでほしい。

「なんなんだよそれ。何を選べってんだ」

「何でもいいよー。んーじゃあ、今日の晩御飯のメインはお肉かお魚かどっちがいい?右がお肉で左がお魚ね」

いつからお前はうちの台所に立つようになったんだ。周りから奇異な視線が飛んで来るのが分かる。どうにも気まずくて、耐えきれず否定しようとしたが、焼け石に水だと気付き机に倒れ込んだ。

「ねーどっちー?」

頭上から喧しい声が響く。しょうがない、とため息と共に彼女の左手を指差した。なんとなく、今日は魚の気分だった。

じゃあ晩御飯楽しみにしててねー、なんて台詞を置いて、満足気に彼女はどこかへ行ってしまった。何だったんだろう。後には、クラスメイトの浮わついた視線と、少し甘くしすぎたようで、一口で食べるのをやめたハンバーグだけが残されていた。

 

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次の日も、彼女は同じように問いかけてきた。

「さあ、どっち?」

今日は放課後だったが。

「今度は何。流行ってんの?それ」

ううん、と首を横に振ってから、早く早く、と彼女は答えを待っている。どこか犬みたいで、ちょっと可愛らしいと不覚にも思ってしまった。

「選ぶのはいいけど、昨日みたいに何か例をくれよ」

と言うと、彼女は少し迷った様子でこう言った。

「…えっと、右が車に水を掛けられるのと、左はスマホを落として画面を割っちゃうのだったらどっちがいい…?」

「随分悲しい二択だな」

そういえば昼間は雨降ってたっけ。傘持ってなかったけど止んでラッキー、なんて思ってた。

「もしかして、選んだ方が本当に起きるとか?」

占い師の真似事でもしてるのか、とからかうように言ってみた。まあ、確かに昨日の夕飯は魚が出て来て驚いたけど。

「まあ、それは選んでからのお楽しみってことで」

彼女は楽しげにそう言った。人の不幸をお楽しみとはどんな了見だ。

「上等だ、それじゃあ駅まで着いてきてくれよ。その道中で水をぶっかけられなかったら駅でジュースでも奢らせてやる」

彼女の右手を指差す。思わず強く出てしまった。こいつ相手に、こういう勝負ごとは向いてない。というか一度でも勝った覚えも無いのに。我ながら下手くそな誘い文句だとは思ったが、彼女は快く乗ってくれた。

今にも吹き出してしまいそうなほど唇を強く噛んでいたが。何がそんなに面白いのだろうか。後学のために詳しく教えてほしい。

話しながら進めていた帰り支度を終え、日直の日誌を二人で提出して学校を出た。

 

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散々な目にあった。昨日は預言通り水を掛けられ、彼女にはずっと、それはもうずっと笑われた。自分でも滑稽だと思う。びしょびしょになりながらなんとか帰路につき、事なきを得たが。風邪を引かなかったのは不幸中の幸いというやつだろうか。

そして、今日も今日とて、彼女は同じ問いかけをしてくる。

「…さあ、どっち」

おはよう、と挨拶をしてから、今日はさっそく問うてきた。なんだか今日は機嫌が悪いように見える。昨日はあれだけ笑ってたというのに。

「…何かあったのか」

少しだけ心配になって、聞いてみる。

「…実はね」

「私もあの後水掛けられたの」

一拍、二人の間に沈黙が訪れたが、次の一瞬には二人とも大声で笑っていた。

「はー笑った」

「こんなことあるんだね」

「ちなみに今日は?」

彼女は咳払いをしてから、両手を出してきた。

「右が今日の授業で先生に当てられない、左は帰りの電車で隣に可愛い女の子が座るよ。さあ、どっち?」

迷わず左を選んだ。自分の成績に心配はないし、それなら癒しを求めた方が色々と得だろう。

「…へー」

引いている。弁明の余地もないしするつもりもないが、なんとなく癪だったので対抗することにした。

「はい、どっち?」

小首を傾げ、きょとんとしている。黙ってれば可愛げのあるやつなのにな、なんて思いながら言葉を続ける。

「お前と同じ事をやってんだよ。右が帰りの電車で隣にイケメンが座る、左は今日の五限の体育が昨日の雨の影響で無しになる」

彼女は迷わず左を差した。やっぱり持久走は嫌らしい。

「イケメンはいらないのか」

「いらないよ、どうせ明日までなんだし」

彼女は捨てるように笑い、そう言った。明日まで?何が、と聞こうとしたが、そこで始業のチャイムが鳴ってしまった。

それからというもの、なかなかタイミングが合わず、その日はそれ以上彼女と話すことは無かった。ちなみに五限は普通に走らされた。梅雨も空気を読んでくれよ、なんて空気の読めない人間は、曇りない綺麗な空を呪った。

 

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大雨だった。梅雨、本気を出すのが遅いぞ。愚痴を心の中で爆発させ、今日もまた学校へ行く。 今日はどんな予言が飛び出るのか。彼女の突飛な発言が楽しみになっている節があった。教室に着き、いつものように小説で暇を潰し、彼女の挨拶を待った。

ところが、彼女は学校に来なかった。

朝や一限に居ないことは時々あったが、一日中来ないことは珍しかった。欠席なんて初めてじゃないか。少し、不安になった。

『どうせ明日までなんだし』

昨日の会話が頭を過る。物憂げなあの顔が瞼に浮かぶ。やっぱり笑顔が似合うな、なんて似合わないことを思った。長ったらしい英語や訳の分からない数学の授業を終え、放課のチャイムを合図に学校を飛び出した。

一日中降り続いた雨は、まだ止む気配は無かった。鬱陶しい。人探しにこれほどの悪環境はないだろう。もともと雨は好きな方だったが、今だけは大嫌いだった。長く雨に打たれ、寒気がしてくる頃に、見覚えのある背中が見えた。

「おい!」

呼び掛けた背中は静かに立ち止まり、ゆっくりとこちらを向いた。やっと見つけた。

「…なんでそんなびしょ濡れなの?」

第一声がそれか。お前を探してたんだよ、なんて恥ずかしくて言えるはずがない。

「知らないの?最近流行りのレイニーランニング」

「初めて聞いたよ」

多分人類で初めて言ったからな。

「ああ、そういえば今日はやってなかったね」

彼女はそう言って、傘をうまく脇で挟んで両手を前に出してくる。袖が濡れてしまっているのは良いのだろうか。

「今日は何が起きるんだ?」

「今日は今日じゃないんだ。今日は明日の天気予報」

大雨と傘で隠れているせいで、表情がよく読み取れなかった。今日は、笑えてるのかな。

雨はまだ、止まない。

「右が明日も大雨で、左は今日のが嘘みたいなとんでもない超快晴だよ。さあ、どっち?」

どこか少し悲しげに、彼女は問いかけた。 もう雨はうんざりだったところだが、あえて右を選ぶことにした。彼女は驚いた様子だった。

「理由、聞いてもいい?」

「昨日、体育が無くなるなんて適当なこと言っちゃっただろ?それでお前、機嫌損ねて今日来なかったのかと思って」

そんな訳はない。自分でも分かっていた。

「明日も体育あるし、さらに降ったら休校になるかもしれないしさ」

ただのこじつけだった。適当な理由だった。

「まあそれは冗談だけど、とりあえず学校来てほしくて。前の席がいないと視界が寂しいんだ」

さっさと本音を言えれば、どれだけ楽になれるのだろう。素直で正直、それは何よりも難しくて尊いものだと切に思う。

「…ふふ」

笑われた。適当言ってるのがバレたのか。

「ありがとう。おかげで元気出て来たよ。また明日ね」

傘が傾き、確かに微笑みが見えた。

…まあ、これで良かったのかな。笑ってくれたし。

去っていく後ろ姿を見送り、落ち着いた所で、凄まじい悪寒を覚えた。コンビニに寄って傘を買い、家路を急いだ。なんとなくだけど、雨はほんの少しだけ弱くなったと思う。

 

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当然の如く風邪を引いていた。風邪、空気読みすぎ。やってしまったな、と思いつつ、授業を休めることで舞い上がっている自分がいた。

あんなことを言っておいて自分が学校を休むのはちょっとな、とベッドの中で微睡みながら思う。まあ、あまり悪いとは思っていない。お互い一日ずつ休んでいるのだからおあいこだろう、などと熱でまともな思考が出来ないのか妙な考えが浮かんでくる。

外は相も変わらず大雨だ。そういえば、彼女の預言は未だに外れてない。まさか本当に預言者だったりして、と一人苦笑しながら、近隣に大雨の被害などが出ていないかとテレビを点けた。

『─昨日最接近した隕石xxxは今日の朝、大きく軌道が変わり、地球への影響は無くなったと思われます。続いて─』

いやに表情の堅いアナウンサーがそう言った。

 

隕石…?そんなの来てたのか。って昨日?

隕石、超快晴…いや、まさか、な。